新宿で生き残るのは賃貸オフィスではない安定の三平ストアその理由

知る人ぞ知るスポット

「三平ストア」も終電を過ぎると閉店してしまいます。
始発を待ったり、ホテル代わりに何泊も続けて居座ることはできません。
ターミナル駅新宿は「夜のお仕事をしている人が多い」というイメージがついていますが、昼間に働く人も大勢います。
普通のサラリーマンも多くいますが、アパレル店員、ゲームセンター店員、飲食店店員、銀行員、テレビマン、マスコミ系、アーティスト、モデルなど、裁ききれないありとあらゆる人種が常時多数います。
新宿、新宿三丁目付近を拠点に長く仕事をしている人達にとって、便利であるといいなと思うものは「気軽にランチできる場所」「多少値が張っても自慢できるようなおしゃれなレストラン」「おシャレスポット」「公園」と言い切りたいところですが、それだけではありません。
むしろ重宝がられるのは「お弁当屋さん」「いつも生鮮食品が売っているスーパー」「小休止したいベンチ」「知る人ぞ知る隠れた待ち合わせ場所」「休憩所」などです。
「ゲームセンター」と「スーパー」を貫き通すことで、三平ストアは「知る人ぞ知るスポット」として、地味ながらも生き残っています。
地方から夢だけを持って上京してきた人にとっては、住むところと寝るところを都内に確保できるかできないかが死活問題。
玉袋氏の御父上は、見事にそれをやってのけた隠れた偉人です。
相方の水道橋博士は何一つ関係なく名前すら語られません。
大川興業創設者の大川豊氏にインタビューでお話を伺ったことがありますが、浅草キッド、関東高田組、たけし軍団、そして大川興業などに所属する芸人の皆さんというのは「我々は日本のヒモである」「寄生虫である」などと、当時規制の緩かったテレビで大騒ぎしていたら、方向性が似ている人達が全国からたくさん集まってきただけなのです。
「将来が約束されている歌手」などではなく「覆面レスラー」の輩出が異様に多いのも、彼らの特徴です。

夢の聖地「三平ストア」について : そこだけ時代が止まったかのよう : 知る人ぞ知るスポット